対上陸戦闘(嘉手納正面の戦闘)
〔日〕 特設第1連隊 北及び中飛行場の整備、特攻機の発進が主業務で戦闘力はほとんどない。
独立歩兵第12大隊第2中隊
要建第6中隊 他
〔米〕 第6海兵師団、第1海兵師団、第7師団、第96師団

4月1日早朝から米軍機は北、中飛行場方面に対地攻撃を加え、0700頃から熾烈な艦砲射撃を開始した。0830頃から米軍の上陸用舟艇が嘉手納海岸に達着して上陸を開始した。
上陸正面には、特設第1連隊と独立歩兵第12大隊第2中隊が配備されているだけで、第32軍としてはこれらの部隊に大きな抵抗は望んでおらず、警戒と前進遅滞を期待した程度であり、北、中飛行場付近の戦闘には増援はもとより砲兵による支援も計画していなかった。
特設第1連隊は、4月1日米軍の上陸を迎えたが、砲兵もなく、夜間を待って斬り込みを実施する以外に打つ手がない状態であった。上陸と同時に各部隊は特設第1連隊長の指揮下に入る計画であったが連隊長が確実に掌握したのは、独立歩兵第12大隊第2中隊と要建第6中隊のみであった。要建第6中隊は石嶺久得に陣地配備され、現地死守の決意で陣地強化に努めると共に、夜に入り戦車攻撃のため数組の肉薄攻撃班を派遣し相当の戦果が報告された。
独立歩兵第12大隊第2中隊の位置
中隊主力 石嶺久得
第1小隊 座喜味西方海岸
第2小隊 座喜味東方高地
4月2日0200頃、第1特設連隊長は要建第6中隊に兼箇段付近の占領を命じた。特設第1連隊は2日夜池原に移動し、3日0100頃要建第6中隊に池原西方の56高地の占領と池原南方部落入口の県道橋の破壊を命じた。各部隊を池原において掌握し4日0330頃国頭への転進を開始した。
総攻撃の時刻は0830とされた。
0530艦砲射撃開始。0745航空攻撃開始。0800上陸用舟艇移動開始、第7波までが陸地を目指した。同時に上陸準備射撃が開始された。0830攻撃第1波が達着した。沖縄上陸は、全部隊が全く信じられないほど簡単に行われた。日本軍の砲兵隊陣地からの妨害もなかった。日本軍はおろか、地雷原もなく、反撃どころか抵抗もない。北、中飛行場は1130までに占領確保した。
八原博道「沖縄決戦」より
4月1日午前8時、敵上陸部隊は、千数百隻の上陸用舟艇に搭乗し、一斉に海岸に殺到し始めた。その壮大にして整然たる隊形、スピードと重量感に溢れた決然たる突進振りは、真に堂々、恰も大海嘯の押し寄せるが如き光景である。だが、いま首里山上に立つ日本軍首脳部は、悠々敵の上陸作戦を眺めている。我々日本軍は、すでに数か月来、首里北方高地帯に堅陣を布き、アメリカ軍をここに誘引し、一泡も二泡も吹かせる決意であり、その準備は整っているからなのだ。状況はまさに予想した通り進行している。我々は敵が嘉手納海岸に上陸した後、南下してくるのを待っていればよいのだ。
上陸海岸および読谷飛行場の現状
(Purple・Orange・White・Brown海岸のほとんどは埋め立てられて原形をとどめていない)